まるのブログ

FX、哲学、思想 

やりたい事がみつからない理由

こんにちわ。まるです。 いつもブログを読んでくださりありがとうございます。 心から感謝します(^人^)♪

今日のテーマは、『やりたい事がみつからない理由』です。

 

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あるように見えて存在しない事

 

結論から言うとやりたい事はこの世に存在しません。

 

意味が分からないと思うので解説していきます。

 

 

まず、1つ質問です。

 

あなたは野球の素振りが好きですか?

 

 

 

 

ある人は凄くやりたい。

ある人は面倒くさい作業。

 

何が違うのか。

 

 

 

これは目的があるかないかで決まります。

 

甲子園で必ず優勝したい人は毎日100回素振りしたいはずです。

 

つまりやることは常に目の前にある

 

あなたが考えるのは、どこにやりたい事があるのかを探すのではなく、

どこに行きたいのかを考えないといけないのです。

 

 

これがなければどんなこともやりたくない、面倒くさいになってしまうのです。

 

 

年配であれば経験から人生の目的を決めることができると思いますが、

若い人たちは中々難しいと思うんですよ。

 

それで僕が将来のある10代から20代の方におすすめしたいのが『お金持ちになる』という目的です。

これは広い意味が含まれるのでとてもいいと思います。

 

『お金持ちになる』という目的すらない人よりも圧倒的に人生の充実度は違ってきます。

 

 

 

その目的を持った時に、《経済》と《道徳》を切り分けて考える必要があります。

 

経済というのは一人一人利己的でいいという前提です。

自分が得をする、お金持ちになりたいでいいということ。

 

 

例えば、農家の方がいて小麦粉業者がいてパン屋さんの例で、経済を考えたいと思います。

 

農家の方は小麦を作ります➡小麦粉業者は農家の方から小麦を仕入れて小麦粉に加工する➡パン屋さんは小麦粉業者から小麦を仕入れてパンに加工します

 

この経済の時に、農家の方はお金を稼ぎたいから小麦を作るでいいということです。

小麦粉業者はパン屋さんに小麦粉を売ることで利益を出したいでいいんです。

パン屋さんもお金のためでいい。

 

別に他の人のためじゃなくて構わない

農家さんは小麦粉業者の為に小麦を作らなくていいということですよ。

パン屋さんのパンを買うと経済が回るからパンを買うわけじゃないですよね

お腹がすいてパンが食べたくなったから買うのが普通です。

 

つまり、全員がそれぞれ利己的であっても社会全体の価値って増えていくんです。

農家さんは0から小麦を作り、小麦粉業者は小麦より更に価値の高いものにし、パン屋さんは小麦粉からパンして更に価値をあげ、それぞれが価値をあげて社会全体の価値が大きくなるのが経済の大前提なんです。

 

ここでもう1つ例を出します。

 

保育士の現状

保育士で登録している人 約119万人

実際働いている人    約43万人

登録だけの人      約76万人

 

 

 

保育士はやりたい事ですか?やりたくない事ですか?

 

そうです。

どちらでもないでしたよね。

 

やりたいって感じる人もいれば、やりたくないと感じる人もいる。

 

上の保育士現状を見たときに1/3が実際に保育士として働いていて、2/3が登録だけして保育士として働いていないことがわかります。

 

なんで76万の人が資格を持っているのに働いていないのかは給料が安いからなんですね。それが現実的なんですよ。

 

保育士とはやりがいがある仕事です。しかし大変な仕事といえば大変なんですよ。

 

保育園が足りないのに保育士の資格を持っていて働かないのは道徳的には、けしからんわけですよ。

 

でも、経済的にはOKなんです。

なぜなら、仕事の大変さの割に給料が安いからです。

 

ここで、人生の目的に、

 

『未来ある子供たちの人格形成の大事な時期に私は携わって社会貢献したいんです』

という人はやりがいだけで十分に働くことはできます。人生の目的がある人は最高系でとても素晴らしいです。

 

ですがそれを、10代20代に求める事は現実的に難しいものがありますよね。

 

各年代で、欲求、欲望は必ずありますから、この段階で私は人生に目的はありませんというのであれば、『お金持ちになる』で全然構わないということです。

 

女性の方ならお金持ちになってもっと綺麗になって可愛い洋服が欲しい、バックも欲しい財布も。。。

 

このような願望欲求を全然肯定していいし極めて合理的な判断なんです。

 

 

だから道徳と経済は切り離して考えないといけないのです。

 

経済はどこまで行っても需要と供給で成り立っている

保育士が社会で求めているにも関わらず(需要)、供給する人が圧倒的に少なければ、必ずどちらかになります。

 

保育士の給料をあげる、それなら働くという人を作る

保育士に頼らない仕組みシステムを作り人材不足を補う

 

ここで、道徳は建前、経済は本音ということがわかってきます。

 

全ての仕事は必ず誰かの役に立つ尊いんだというのは道徳的な建前で、経済的には職業には貴賤(きせん)はあるんです。

 

ある職業に対して、本人がどれだけ気合根性をいれたとしても全然豊かになれない仕事もあれば、

 

1年の大半を遊んでいるにも関わらず大きなお金の流れにいたらひっきりなしにお金が巡ってくる仕事もあるんです。

 

 

まとめ

やりたい事はない あるのは行動だけ

 

今回の例なら、素振りは存在しているし、保育園で働くという行動は存在しているんです。

 

それをやりたいと感じる人もいれば、やりたくないと感じる人もいる。

つまり、感情の問題。

 

もしやりたいと思うならばそれは目的に向かっているからなんです。

目的に適っているからやりたいと思う。

 

だからやりたい事を探すくらいなら自分の目的を考えて夢を描いたほうがいい

 

夢に向かっているならば周囲の人に大変そうに思われても本人はイキイキですし、

人生は充実して素晴らしいものになります。

 

今日はここまでです。

 

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どうも、まるでした。

それではまた。

 

 

 

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