まるの本音

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全ては正しくて可能性に見満ちている

こんにちわ。まるです。 いつもブログを読んでくださりありがとうございます。 心から感謝します(^人^)♪今日のテーマは、『全ては正しくて可能性に見満ちている』です。

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考える≒比べる

私達の脳は常に何かを比べて生きています。

 

例えば身長の高い低いは、あの人と比べて僕は大きい、小さいと、何かを比較します。

 

あの人は身長が高いといっても、平均より高いわけで必ず対象が存在します。

もしかしたら黒人より低いかもしれません。

 

つまり、全ては相対的で、正しい、正しくないを判断しています。

 

そうした時に、言葉や論理は矛盾だらけなんです。

 

本当はすべて正しいし可能性があるにも関わらず、

脳は1つが正しいと、他は間違いなんだ!と排除したくなるんです。

 

これは非常に危険で私たちの人生の妨げになります。

 

まず、脳は1つ正しいと思うと、他は間違いだと思う傾向にある事を覚えておいてほしいです。

 

学校教育だけが1つだけ絶対正しいとされる分野でしたが、社会にでるとそれは全て否定されます。

 

例えば、中東の地域のヨーロッパアメリカではキリスト教が進行されています。

宗派は別れるにしろ、20億人程いるわけです。

聖書が、旧訳、新訳2冊あるわけですけれど、何千年とこの2つを読まれているという

事はどちらか1つに答えはなく、2つとも正しくて可能性があるからです。

最後は本人の解釈によるのです。

 

中国では、孔子、老子の二人の思想家がいますが、2000年以上、二人の論語が両方

読まれています。

 

老子は孔子をある意味批判している思想家でもあります。

《大道廃れて仁義あり》

大本のタオの道が廃れてたからこそ仁義を持ち出されているんだと、

老子が孔子を否定する部分があります。

 

こうなると、

孔子が正しかったら老子が間違い、

老子が正しかったら孔子は間違いと

感じられるんですけど、これは脳の錯覚なんです。

 

仕事など公の場では、孔子の論語の思想で合わせていき、

プライベートで本音が語られる部分では老子の思想が語られるんです。

 

このように建前と本音を使い分けながら中国は発展していっているんですね。

 

最後の例はバラモン教と釈迦です。

 

バラモン教は思想の前提で生まれ変わりはあるとしています。

輪廻転生をぐるぐる回ってこの輪から外れるために

悟りをひらきましょう解脱しましょうとしています。

 

バラモンの後にでてきた釈迦は生まれ変わりについては一言も話していません。

 

なんか、釈迦が正しければバラモン教は違うと解釈しがちですが、

それは違うんです。

これは比べちゃいけないものなんです。

 

 

両方とも正しくて両方とも可能性だと考えたほうがいいんです。

生まれ変わりがあるかないかは、

あるかもしれないしないかもしれないのです。

 

脳は比べながら理解していきますが、

どっちが正しいかという質問自体が適切ではないです。

 

どちらを選択したいかという問題なんです。

 

国が変わって、

時代が変わって、

個人が変われば当然答えは変わっていきます。

 

自分の人生の教科書は自分で作るしか無いのです。

 

もし、時代を超え国を超え万人に当てはまる教科書があれば、

それをすれば人生は終わります。

 

でも、ある人にはピンとくる、ある人にはこないのが私達の人生なんです。

 

そうした時に、自分は、何を選択したら幸せか、

選択していくだけなのです。

 

そして最後にカチッと当てはまるものは外にはありません。

 

イエスだろうが、老子孔子、釈迦だろうが、

ある部分は納得共感できるが、

どうもピタッとこないのはそれは答えではないからです。

 

時代、国、人が違うので当然です。

そして自分の教科書が完成しても他人にはピタリと100は当てはまらないのです。

 

勉強するのは無駄なのか?

教科書を作る時に、偉人の言葉、思想は十分参考材料になります。

だから勉強すればするだけ教科書作りを進めやすいです。

 

教科書作りの役に立つものではありますが、教科書そのものではないです。

 

キリスト教は正しくてイスラム教は違うみたいな

訳のわからない論理になるので気を付けましょう。

 

私達の人生はやってみないとわからないんです。

事前に凄い勉強して、凄い考えても、結局やってみないとわからないんです。

体験しないしない事には学べないんです。

 

私達の周りには無限の可能性がありなんでも選べるわけです。

どれが正解か事前に知ることはできないのです。

全ては正しく、可能性があるからです。

 

だからどれが正しいではなく、どれを選びたいかです。

少しでも興味が出れば一歩前に出て体験した方が早いです。

これかな?これかな?と考えるくらいなら体験しましょう。

やってみないとわからないんです。

 

体験すれば、それだったのかどうかわかります。

人は自分の好きなことしか続けることができないからです。

 

続かない場合、落ち込むのではなく、好きじゃない事がわかった素敵な経験とポジティブに解釈すればいいのです。

 

あなたの周りに無限にある可能性にチャレンジしたくならないでしょうか?

体験とは好き嫌いがわかるのでポジティブな行動です。

 

だから、たくさん体験してダイヤモンドの原石を見つけてほしいです。

 

多くの人は今の現在地からゴールまで全て見えてから動こうとします。

 

でも早く目的地に着くのは次は右かも?

そうやってなんとなく体験していくことです。

 

間違って直進してもいいんです。

左でもいいんです。体験しながら感覚を磨いて、

次で右に曲がってもそんなに変わらないんですね。

 

道がわかって覚えるまで車庫に車を止めていたら明らかですが、ほとんどの方がこのパターンです。慎重に丁寧にと、意味をはき違えているのです。

 

全ては正しくて可能性です。

 

過去一切関係ありません。

 

時間は刻々と進みます。

 

今が1番若いです♪

 

応援しています(˘人˘)

 

今日はここまでです。

 

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どうも、まるでした。

それではまた。

 

 

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